2007年03月22日
初期臨床研修中の研修医のアルバイト禁止規定についてのメモ
36年ぶりに改定された医師初期研修制度が運用され初めて早くも5年が経とうとしている。その現行の初期研修制度ではアルバイトが禁止されているけれど、それが具体的にどこまでを禁止してどこまでがOKなのかは意外に知られていない。
医師免許取得後は2年間の初期臨床研修を行わなければならない。この臨床研修は義務ではなく、行いたくなければ行わなくても良いが、2年間の臨床研修を終えなければ保険医としての認定がされず、したがって健康保険を用いた診療行為が行えない。いまの日本において健康保険が使えない病院は経営が成り立つはずがないので、結局医師免許取得後は臨床研修を行わなければどこの病院にも雇って貰えない(もちろん開業も出来ない)。
医師免許取得後の初期研修医(免許取得後2年以内)は厚生労働省の方針によってアルバイトが禁止されている。これは背景に、現行の臨床研修制度(スーパーローテーション)が導入される以前は大学病院に勤務する研修医の給与は最低賃金を大幅に下回る月額3~10万円というようなものが少なくなく、生活を支えるために病院の夜間当直アルバイトなどに研修医が就いていることが非常に多かったことがある。関西医科大学の研修医過労死などを機に、研修医にも賃金の面でアルバイト無しで臨床研修に専念できるだけの最低賃金を設定した上で臨床研修病院以外でのアルバイトを禁止しようという気運が高まり、現在の臨床研修制度では研修医のアルバイトは事実上禁止されている。なお、この最低賃金は当初は年額360万円を目安に検討されていたが、結局は年額360万円より大幅に低い賃金のままで臨床研修を行わせている病院が少なくないようだ。とは言え、アルバイト禁止規定が盛り込まれてからは研修医の給与は月額20万円を割り込むことは非常に稀とのこと。医師は労働時間に独特の裁量制が導入されて普通は残業手当が付かないこともあり、特に研修医の労働時間は週平均80時間前後というデータもある。したがって月額20万円は決して高いとは言えない(むしろ時給がマクドナルド以下という比喩が比喩ではなく事実として存在している)が、10年前の慶応大学病院の研修医は月給2万5000円(名目は給与ではなく奨学金だった)だったと言うから現状でも非常に状況は改善されているのだろう。
「アルバイトは禁止されている」ではなく「アルバイトは“事実上”禁止されている」とした理由は、医師免許の取得や2年間の初期臨床研修修了の認定を行う省庁は厚生労働省であるが、この厚生労働省そのものは研修医のアルバイトを禁止していないことによる。明確に厚生労働省や行政によって明文化されたアルバイト禁止規定は、実はいまのところ存在していない(医師法16条の3に「臨床研修を受けている医師は、臨床研修に専念し、その資質の向上を図るように努めなければならない。」という一節はあるが、これは努力義務である)。これを明文化して罰則などを規定すれば憲法によって保障された職業選択の自由を侵害することになるからである。どのような方法によって禁止するか思案した結果、現在では研修医が病院と交わす就労規定によって副業を禁止するということになっている。病院がこのような就労規定を定めるかどうかは病院の裁量に任されているので厚生労働省は憲法に違反しない。なお、このような状態であれば日本のどこかにはアルバイトしながら初期研修を行うことが出来る病院が存在してもおかしくないのだが、研修医に初期臨床研修を行う病院に対して厚生労働省から交付される補助金の交付の条件として研修医のアルバイト禁止を規定しているということが暗黙の了解として含まれているので、おそらく日本中どこを探してもアルバイトをしながら初期臨床研修を行える病院は存在しないだろう。どの病院の就労規定を見てみても、右にならえのように「初期研修医のアルバイトは禁止する」という一文がとってつけたかのように記載されている。
さてこのように禁止されたアルバイトは、具体的にはどのようなことを指すのだろうか。禁止されているのがアルバイトなのか副業なのかというニュアンスの違いもイマイチよくわからない。もともとこの禁止規定が生まれた由来から考えれば、研修を行っている病院以外の病院に夜間当直のアルバイトに行くことが禁止されることは当然だ。だが、アルバイトはそれだけではない。たとえば大学生時代にやっていた塾講師のアルバイトを続けるのはどうか。家庭教師は。実家が兼業農家という人が日曜日にそれを手伝うのはどうなのか。あるいは、実は遺産で譲り受けたアパートを貸していて家賃収入がありますとか、株で大儲けしたとか、ブログが大人気でアフィリエイトでウハウハとか、それのどこまでが禁止されるアルバイトでどこからは禁止されないのか。収入を得るものが一切ダメなら銀行に普通預金を預けておくこともダメになってしまう(税務上は利子が雑所得として収入に算入されてしまう)。
これはどうしても気になったので、大学病院の初期臨床研修の担当者に問い合わせてみたところ、どうやら厚生局(厚生労働省の地方支局)にまで問い合わせて調べてくださったようだ。同じような疑問(どこまでが禁止されるアルバイトなのか)を感じている人は日本中に少なくないと思うので、参考になるようここにその一部を転載してみよう。
質問の抜粋
(1) 他の病院での医療アルバイトのみが禁止されるのか(つまり医療関係でないア
ルバイトは許容されているのか)。
(2) あるいは(1)に加えて、医療関係のみならず「給与所得」や「勤労による事業所得」
を得る全ての副業アルバイト(例:塾講師、家庭教師、家業の兼業農業による収入な
ど)も禁止されるのか(つまり臨床研修病院以外での全ての勤労による所得が禁止
されるのか)。
(3) あるいは(2)に加えて、給与所得のみならず全ての「勤労によらない事業所得
(例:不動産収入など)」なども禁止されるのか。
(4) あるいは(3)に加えて、勤労によらず事業としてもいない「金融による所得(例:株
式売買差益、配当金・利子収入など)」「雑所得(例:講演料、印税、商品モニター謝
礼、為替差益など)」なども禁止されるのか。
回答の抜粋
(前略)新制度の趣旨を十分ご理解いただき、2年間の研修期間中は研修に専念されるよう照会者に対しご指導願います。
(1)不許可である。
(2)不許可である。
(3)自らが不動産収入を得るための労務を行うことなく、自身が所有する不動産等の運営を専門業者に委託するものであれば差し支えないものと判断します。
(4)金融による所得として具体名が上げられている株式売買差益や配当金等は、自身の資産の運用を専門業者に委託することにより生じる利益であるため、アルバイトには該当しないと判断します。
(3)、(4)及びウエブサイト運営による広告収入等は臨床研修の専念義務に支障を来すものであれば当然自粛していただく必要があります。
これはあくまで近畿厚生局の判断なので、地方が異なれば厚生局の判断も異なる可能性はある。が、おそらく日本中どこでもだいたい似たような判断になることと思う。要するに収入を得るために労働時間を裂かれるものは不可、自分が直接手を下して(労働時間を割いて)得る収入は可ということだろう。ブログに貼り付けた広告からアフィリエイト収入を得るのは、そのブログがアフィリエイトのために書かれているブログならは禁止されることになる。大部分のブログはアフィリエイトのために書かれているのではなく、自分の表現の一つとして書いた記事の横についでにアフィリエイトのリンクを貼っているだけだろうから、ブログからアフィリエイト収入を得ることはこの場合は禁止されない。ブログを書くことそのものは憲法で規定された表現の自由によって守られるので禁止されないから、ブログを書くことを自分の表現行為として行うなら厚生労働省がなんと言おうと禁止されるものではないはずだ。多くの場合はこの労働時間を割かねばならないかどうかという基準で判断できることと思う。それでも判断しかねる場合は、独断するのが一番危険なので問い合わせるべき所に問い合わせるのが一番なのだろう。
なお、国立大学病院や公立大学病院に勤務する研修医の場合は数年前までは国家公務員や地方公務員としての身分もあったので、公務員法によるアルバイト禁止の縛りも重複して受けるのではないかとお考えの人もいるかも知れないが、独立行政法人化されてから若干状況が変化した。国立大学は“特定”独立行政法人ではない独立行政法人(のひとつである国立大学法人)に分類される。“特定”独立行政法人ではない独立行政法人に勤務する人は非公務員(いわゆる「みなし公務員」)となって国家公務員法や人事院規則の縛りを受けない(代わりに病院と直接交わす就労契約の縛りを受ける)から、国立大学法人の職員である国立大学病院の研修医も国家公務員法の副業禁止縛りを受けない。したがって研修医としてのアルバイト禁止縛りも公務員としてのアルバイト禁止縛りも分けて考える必要はなさそうだ。公立大学病院はその大学病院によって異なるので一概には言えない。もしかしたら地方公務員としての身分を保障している病院もあるかも知れないが、その場合は公務員としてのアルバイト禁止縛りにも注意を払う必要がある。この場合も、前述のように問い合わせるべき所に問い合わせるのが一番だ。
Posted at 2007/03/22(木曜日)13:48
コメント
投稿者 初期研修医 : 2008年05月07日 16:02
初期研修医は既に保険医です。
投稿者 T.Goto : 2008年05月08日 20:21
正確には「医療機関の開設者となる場合に保険医の資格が与えられない」でした。訂正いたします。なお、新臨床研修制度が設計されていた2000年時点では「研修終了後に保険医の資格を与える」という方針での制度策定が進められていましたが、その後方針が改められました。また、現在の制限の場合は勤務医としてつとめる場合には臨床研修を受けなくても何ら不利益を被ることはないという建前になっていますが、今後は臨床研修の修了が認定医・専門医資格の取得の必須要項とされる可能性が少なくなく、周囲のほとんどの医者が臨床研修を行っているときに臨床研修を修了しないことが今後の医師人生に大きな不利益をもたらす可能性が高いと考えられます。
同時に、臨床研修は「研修」のみならず「労働」の側面もあると認定され、少なくとも建前の上では労働基準法が適用されることになりました(これまでの研修医はそもそも建前的にも「労働ではない」ということになっていたので労働基準法違反以前の問題だった)。とはいえ、こちらは所詮建前であって、労働基準法が適用されているとは言えない現状にあります。もっとも、日本中で労働基準法が正しく適用されている職種が一体どれだけあるのかというと悩ましいところですが。
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